2016.10.17

流通業でデータサイエンティストが活躍するためにはわかりやすく相手の心に響く事例を示せ

生活雑貨から食品、家具、家電まで約7,000品目をラインアップしている「無印良品」。同ブランドを展開する良品計画のWEB事業部では、ソーシャルメディアや自社サイト、メールマーケティング、アプリケーション開発などを通じ店舗送客施策を実施してきた。さらに2013年5月にはスマートフォンアプリ「MUJI passport」をリリース。デジタルマーケティング戦略を強力に推進している。今回は、エンジニアとして「MUJI passport」の企画・開発・運営に携わり、同時にデータサイエンティストとしてデータ分析も担当するWEB事業部 濱野幸介氏に、同社のデジタルマーケティング戦略と流通業界におけるデータサイエンティストの役割について伺った。

今回のキーパーソン

濱野 幸介 氏

濱野 幸介 氏
2000年アクセンチュア株式会社入社。主に小売・流通業のIT戦略策定、業務改革、基幹・CRMシステム導入等のプロジェクトに従事。
2009年株式会社リヴァンプに入社後、小売・流通業の基幹刷新・マーケティングシステム導入を推進。
2013年より株式会社良品計画にてMUJI passportの企画・開発・運営、及びデータ分析を担当。

ビッグデータ活用のポイント

  • 実例を積み上げ、社内に効果を認知してもらう
  • 経営者や店長、商品担当者など、それぞれの立場で使いやすい仕組みを用意する
  • わかりやすく相手の心に響く事例を示し、理解を深める

顧客の関心および関係性を維持するため、スマートフォンアプリを開発

早くからデジタルマーケティングに取り組んできた良品計画。現在MUJI DIGITAL Marketing 3.0と称して、ソーシャルメディアの活用や最新のデータ分析を通じ、デジタルによる店舗送客や売上向上に役立てている。このデジタルマーケティング戦略を推進しているのが、WEB事業部である。

WEB事業部では、ネットストアの売上向上は当然のことながら、売上の9割を占める店舗送客へいかに貢献するかを命題として、さまざまな取り組みを進めてきた。その一環に、デジタルメディアを用いた顧客とのコミュニケーションがある。具体的には、Facebook、Twitter、mixi、LINEなどのソーシャルメディアや、自社サイト、メールマーケティング、アプリケーション開発等を通じて店舗送客施策を実施してきたという。
「しかし効果は局所的・部分的なものにとどまり、全店舗をサポートするまでには至らず、売上に直結しにくいという課題を抱えていました」

そこで同社は、実店舗にも直接かつ継続的に効果を与えることのできる、お客様とのコミュニケーションツールが必要と考え、2013年5月、スマートフォンアプリ「MUJI passport」をリリースした。このアプリはポイントカードに加え、ニュース配信、商品検索、店舗検索、店舗チェックインなどの機能を備えている。

「MUJI passport」の目的は3つある。
・ネットとリアルの区別なく無印良品のファンとコミュニケーションを図る
・持続的な来店客数の増加による売上増
・マーケティング施策の効果の可視化

良品計画におけるデータ分析のアプローチは、まず集客に対する効果を明示すること、つまり実店舗など現場が効果を実感できる事例の積み上げにある。また、既にPOSデータによる分析は行っているため、顧客軸から購買およびコミュニケーションに関する推移と差異を明示する。最後に、施策の仮説検証だ。

分析システムに格納されるデータは、実店舗(購買&チェックイン)、商品レビュー、EC(購買&Web閲覧ログ)、MUJI passportの閲覧ログなどで、その量は年間で約25億件、これまでの3年間で約70億件にも上り、これらをAWS(Amazon Web Services)とTreasure Data上に蓄積している。
「データ分析では、誰が利用するかによってTableau、MotionBoard、Power BI、Excelといったフロントツールを使い分けています。またデータベースは、アプリのログやWebの行動ログといった生データの蓄積にTreasure Dataのハード基盤を使用し、行動データと販売データを合わせ横断的に分析するためのDWHとしてAmazonのRedshiftを使用しています」

分析基盤を構築する際には、POC(概念実証)は2週程度で済んだものの、その後の具体的な分析内容とデータ構造のスクラップ&ビルドに数ヶ月を要したという。

実例を挙げて高い集客効果を証明、社内からの認知を得る

こうして良品計画による「MUJI passport」の活用が始まったが、その施策の実例には以下のようなものがある。

ケース1:
アプリをダウンロードしたユーザーに500ポイントを付与するキャンペーンを実施。実店舗が送客を実感できるほどのポイント利用数となり、高い送客効果が証明できた。

ケース2:
同社の商品、レトルトカレー「マッサマン」(定価:300円)を100円で購入できる1万人限定の割引クーポンを週末2日間で開催する内容をプッシュ通知のみで配信したところ、開始後すぐに多くのクーポンが利用され、高い集客効果が証明された。さらに、その後のリピート状況を追跡したところ、クーポン利用者の10%が同商品を、34%が同商品を含むカレー商品を購入していたことがわかった。

ケース3:
MUJI passportのスタートから約1年後、土日のみ有効なポイントをサプライズで付与し、プッシュ通知をしたところ、想定を大幅に超える来客数が記録された。

「ここまでの実例を積み上げたことで、ようやく全社的に効果を認知してもらうことができました。また、良品週間のようなお知らせをプッシュ通知などアプリでの告知を実施するようにした結果、徐々にチラシから移行することになり、宣伝販促費のコスト配分が大きくシフトしました。」

Power BIやExcelを使った分析は、経営者や現場の店長、商品担当者など、それぞれの立場の人にとって使いやすいよう工夫しており、欲しい情報を簡単に取得できるようにしている。具体的には、店長には会員属性や購買傾向を週次や月次で静的レポート化、商品担当者にはExcel上でフィルタ条件を変えるだけで任意の期間、商品、店舗での会員属性や購買傾向を得られる動的レポートを提供している。

「Power BI(Excel)の操作はできるだけ簡単にしています。例えば、商品分析の際に条件だけ変えてボタンを押すと、自分が調べたい商品カテゴリー、店舗、受注の日付等について、通常の状態との差異を即座に知ることができます。こうした結果は、紙に印刷して見てもらうようにしています」

また、マーケティング担当者には簡単に高度な分析ができるダッシュボードを用意し、キャンペーン×プロセス(行動ファネル)での比較ができるようにした。このダッシュボードは、WEBニュースなどで話題となっている、無印良品の商品に関するワードなど、マーケティングに関する細かなキーワードを起点に、それが、SNSでどの程度拡散されたかをリツイートやフォロワー数などから定量化して見せる機能もある。

マーケティングダッシュボード

商圏分析については、アプリのチェックインや在庫検索のデータを利用して実現しており、商圏の住み分けや重複が明確にわかるようになった。
「購入時の提示やチェックイン機能によって、実店舗とネットの顧客IDを一致させることが可能となり、購買履歴以外のさまざまなユーザー情報を横断的に把握できるようになりました。これにより、顧客にいっそう寄り添った提案が可能になったのです」

現在、MUJI passportのダウンロード数は500万を超えている。しかし濱野氏はダウンロード数よりもアクティブ数(月間に1回以上の起動)を重視している。その数は約200万だ。
「MUJI passportは実店舗の動きを表すセンサーのようなもので、お客様に使ってもらわなければ意味がありません。それだけに、活用には現場のキーマンである店長の方々に集客効果を実感してもらうことが不可欠でした。効果が明確になった今では、自主的にキャンペーンなどを企画して頂けています」

流通業では、純粋なデータサイエンティストの活躍は難しい

膨大なデータを分析する基盤を構築し、先進的な活用を進める良品計画において、データサイエンティストはどのような位置付けにあるのだろうか。率直な意見を伺ったところ、「流通業では純粋なデータサイエンティストの活躍はまだまだ難しい」という答えが返ってきた。というのも、データサイエンティストとしての仕事が、データ分析の重要性やコスト感なども含め、十分に認識されていないからだという。
「小売業ではデータ分析自体はかなり昔からやっていますが、対象となる項目がほぼ決まっており、それをもとにどう売り場を変えるかなどに活用しています。データを参照しているのは商品部や販売部、店舗開発の担当者ですが、その方たちをデータサイエンティストとは呼ばないですよね」

同社のデータサイエンティストに相当する担当者は、Webページの閲覧やネット商品について、どんな人がどの商品を閲覧し、どれほど購買したかを見ていたという。そこに最近、ソーシャルメディアとスマートフォンアプリが加わった。
「当社では、WEB事業部というデジタルマーケティングを担う部署に、私ともうひとり、計2名のデータサイエンティストが関与している程度です。しかも私自身は専任ではなく、エンジニアであり、マーケッターでもあります」

現場や経営者にわかりやすく、心に響く事例を示すこと

データサイエンティストの育成については、良品計画もその必要性は認識してはいるが、ジョブローテーションの都合もあり、制度的に簡単ではないという。現在は、データ分析よりもマーケッターに近い人材の育成が中心になっているが、データ分析をするとこんな良いことがある、といった勉強会は常に行っている。また、定型的な分析や商品企画に寄与するものは極力内製化しているが、それ以外の難易度の高いものは外部に委託しているそうだ。

では、流通業界においてデータサイエンティストが活躍するために必要なことはなんだろうか。
「データサイエンティストが自身の価値を高めるためには、現場や経営者など相手にわかりやすい事例を示すことが必要です。相手の心に響く事例を例示できれば、だったらウチもやってみようと思ってもらえるでしょうから」

また、基本的にビジネス側にいる人はどう役に立つかを志向する。一方でデータサイエンティストはデータをいじること自体は好きだが、それがどのように活用されるかについては関心のない人間が多い。これにより両者には意識のズレが発生しがちだ。
「であればこそ、双方の事情に通じ、橋渡しができる人材が必要ではないでしょうか」

濱野 幸介 氏

無印良品のファンを増やす環境づくりにデータ分析を活用

現在、良品計画では、無印良品のファンである顧客に対し、しっかりと寄り添い、経験/体験として増やしていけるものを、あらゆる接点を通じ提供することを目指している。具体的には、無印良品のファンが自然と他の人に商品を紹介してくれるような環境づくりにデータ分析を活用していく。そこで、商品に興味を持ってくれたコミュニティに対し、働きかけをしてくれるよう、様々なインセンティブを提供するなどの施策も検討している。
「インセンティブはポイントなど直接的な還元に限らず、展示会に招待するなどの特典も考えています。こうした無印良品のファンを緩やかに増やしていくための環境づくりに必要なのがデータ分析であると考えています」

既存の顧客については、MUJI passportをはじめ、さまざまなアプローチの方法がある。一方で、外部の潜在的な顧客についてきっかけを作る際にもデータ分析を活用したいという。
「そのためには外部と協業する可能性もあるでしょう。ただ、そこから先のアプローチについては、従来型の広告的な手法をとるとは限りません。今後は変わっていくと思います」

取材:NEC 田辺 剛 調査・研究委員、ブロードバンドタワー 多根悦子 調査・研究委員
※こちらの記事は2016年8月に行われた取材をもとに作成されたものです。

無印良品

株式会社良品計画
設立 1989年6月
所在地 東京都豊島区東池袋4-26-3
代表者 代表取締役社長 松﨑 曉
業務内容 「無印良品」を中心とした専門店事業の運営/商品企画/開発/製造/卸しおよび販売
URL:URL http://ryohin-keikaku.jp/corporate/

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